冒頭狗肉

 気がつけば半年が終わろうとしている。「早すぎるっ」と胸を張って不満がいえるほどに充実した日々を送ってきたわけではない。いや、むしろ徒に過ごしたことに対する後ろめたさこそがそういわせるのか。
 とりあえず、本でも読もう。

人間は、他人と異なっていることにも、他人と同じであることにも、ともに耐えられない存在である。他人と異なっていれば、他人と同じになろうとする。他人と同じであれば、他人と異なろうとする。要するに人間は、相反する二つの欲望に引き裂かれた存在である。他人と同一化したいという欲望と、他人と差異化したいという欲望と。

 序章冒頭のことばに、いちいち納得させられる。
 第5章「日本社会とディスタンクシオン」が興味深い。ピエール・ブルデューの思想をそのまま日本にあてはめることができるのかという問に対して、(経年の感は否めないものの)それなりに首肯できる答えを示しているように思う。
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 ところで、いつも拝見している88歳男性のブログ、ときおり登場する用語に「P」というのがある。たいてい「P」に出かけるのは奥方であって、ご本人は行かない。また、なぜか「7」のつく日に、奥方は「例のところ」へ行くとある。それらの暗号が何を示すのか、しばらくわからずにいた。
 ある日、「セブン・デー」なることばが記されるにいたり、ようやく謎が解けた。つまり、「P」=「例のところ」=パチンコ、「7」=「セブン・デー」=「月火水木金○ハン○ハン」の日。基本的に具注歴のごとくに日記をつけておられるので、奥方の動向もきちんと書かねばならない。が、パチンコ通いなどという低俗な悪癖への抵抗感は拭いきれない。書きたくないけど、書かなきゃいけない。「P」という暗号の背後にはそうしたジレンマがあったのだ。
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 ご趣味は? と聞かれたときに、何と答えるか。とりあえずは「蛙の飼育」と「餌の捕獲」とでもいっておこう。この場合、一体どのような階級に規定されるのだろうか。

差異と欲望―ブルデュー『ディスタンクシオン』を読む

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