秋成満喫

 上田秋成没後200年祭記念連続講演会「いま、京都で秋成を読む。」を聴講する。先週は添削地獄の只中であったために断念せざるをえなかった。今日こそはとのぞむ。
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 ひとつ目。18世紀後半から19世紀初頭にかけての京都には巨大な文人サロンがあり、多くの画家を輩出した。秋成もまた渦中にあった人で、『胆大小心録』にその交遊の痕跡をみいだすことができるのだとする狩野博幸先生のご講演。数年前まで京都国立博物館におられ、かの伊藤若冲曾我蕭白の展示企画をなさった方である。その蕭白展の「円山応挙が、なんぼのもんぢゃ!」というコピーにまつわる裏話あり、スライドによる絵画作品の解説ありと、もりだくさんの内容であった。
 ふたつ目。本講演会の仕掛け人であり、演者中唯一の京都ネイティヴである廣瀬千紗子先生は、秋成の京都での軌跡をたどるという趣向。随筆に、古地図や『平安人物志』などをからめるといった内容だった。「京都が「貧と薄情の外にはなるべきやうなし」なんていわれたら、なんか言い返したくなるやんか」とはご講演後の廣瀬先生の弁。確かに。
 みっつ目。手書きのレジュメに、左上止めのステープラで、高田衛先生のご登場。コピーとはいえ直筆、感涙ものである。来月に京都国立博物館で開催される「特別展観 没後200年記念 上田秋成」展は、高田先生が狩野先生に企画をもちかけられたものと聞く。それにあわせた本講演会のしめくくりにふさわしく、秋成という人の生きざまを追っていくというもの。講演終盤の、秋成が草稿五束を古井戸に投棄するくだりに対し、近代的自我に通底するものだとする解釈は、聴いていてぞくぞくとした。まさに、高田先生らしさを堪能する内容であった。惜しむらくは、あと2時間ほど続けて聴いていたかった。
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 帰途、円町のil piattoにて、美味い料理とワインを味わいつつ、家人と今日の感想を語り合う。充実のひと日。