音訓異義

 「粋」と書いてどう読むか。音ならばスイだし、訓ならイキということになる。
 九鬼周造の著作に『「いき」の構造』というのがある。

「いき」の構造 他二篇 (岩波文庫)

「いき」の構造 他二篇 (岩波文庫)

 はじめてこれを読んだとき、いまひとつ理解できない部分があった。それは着物の柄に関する箇所で、横か縦かの考察はあっても、縞物か柄物かについての検討がなかったのだ。粋であることの価値基準が格付けにあるわけではないにせよ、なぜ柄物がそこから排除されているのかが解らなかった。いまでもそうだが、縞物や小紋はあくまでも普段遣いであって、あらたまった席には柄物や色無地を着るのが通例であろう。まして、江戸時代の上方地域では縞物は使用人のお仕着せであり、中流以上の人たちが着るものではなかった。おそらく、(いくら派手な風俗が戒められていたのだとしても)九鬼が指摘するような縞物が粋であったのは江戸地域に限られたことであり、それが日本人の感性の源泉であるかのように考えてしまうのは早計であろう。
 ところで、父方の祖母は摂津の出で、母方の祖母は和泉の出なのだが、ふたりともに粋であることをイキではなくスイという。その読みがいつの時代から有効であったかはおくとしても、彼女たちがいうスイがイキと同義でない可能性は多分にあるだろう。サピア・ウォーフの仮説ではないが、この読みの違いに、九鬼への違和感を解消するヒントがあるのかもしれない。